照明教育としてのキャンパスイルミネーション

小林茂雄


キャンパスイルミネーションの狙い

初夏の夕暮れ、多摩川沿いの武蔵工業大学世田谷キャンパス全体は光で装飾される。このイベントはすっかり地域にとっては恒例の行事となっている。4月の新しい学期がはじまると、学内外から「今年はどんなことをやってくれるの?」と声をかけられる。夜遅くまで居残る学生が多いにも関わらず普段はあまりに素っ気ない夜のキャンパスを、数日間だけでも生き生きしたものに変えること、周辺地域の人たちに美しく変化のある光の風景を楽しんでもらうことが、イベントの狙いである。しかし、なによりも大きな目的は、主催する学生に光のセンスを建築的なスケールで広げてもらうことだ。ここでは、建築学科の必修科目の中で行われるこのイベントが、どのような教育的効果をもつのかについて、幾つかの側面から紹介したい。



場所を生かす光を考える

 イルミネーションの準備は、キャンパスを調査しどこにどのような光を与えるかをイメージすることからはじまる。このとき、場所と光のデザインとを一体として考えるように促し、そこでしか成立しないような作品になるようにと強調した。約10名ずつに分かれた学生グループは、建物の配置や敷地の高低、植栽の位置などを読み取り、それぞれの環境に陰影を与えることによってどれだけ豊かなものにできるかについて頭をひねった。

 もちろんはじめからうまくいくわけはないが、試行錯誤を繰り返す中で、環境と調和する光のつくり方を学んでいくようだ。それは、「場所に合った規模、光の強さ、色、雰囲気などを生かして、はじめて効果的な美しさを生むことを理解した。」という学生のことばにも示されている。それだけではない。キャンパスの中の光から出発して、周辺の光についても目を向ける者もでてきた。例えば、「光が場所と調和するように努力するのは大変だった。これは、都市レベルでも考えなければならないことだ。」とか「カラフルな光は、暗い中でとても目立つため、個々の作品の中だけでなくキャンパス全体を通して光の色についての計画をする必要があると思った。街の建物一つ一つの光についても注意しなければ、景観の悪化になってしまう。」などの指摘だ。屋外にデザインする光を、そのごく周辺だけでなく広い環境の中で位置づけようとすること、そこまで視野を広げるとは予想もしないことだった。



光の扱いを知る

 建物や樹木に光を与えたり、照明器具を製作したりすることを通して、光の性質について自然と理解するようになる。一つのランプつくる明るさが場所によって異なること、和紙やプラスチックなどの素材を透過する光の見え方、光を屈折・反射させることなどは、実験を繰り返すことによって身についたようである。実験してうまくいかなかったことをきっかけに、様々な創意工夫も生まれた。最終的な作品にまとめる段階では、ランプの熱の処理、防湿・防雨の対処、安全確保、配線を目立たせない、などについても確認させ、そのつど対処させるようにした。図1〜3は、光の性質を積極的に利用した作品の例を示している。


 

図1 2005年に最優秀作品賞を受賞した「The 海」
深海からの気泡を表現している。とらえどころのない浮遊感と奥行き感を演出するために、球の配置の仕方(左)、光の種類や強度、方向を細かに検討した。






図2 校舎への幾何学模様のライトアップ「Ctrl+Z」
箱に張られたカラーフィルタを通して建物を眺めると、それまで見えなかった像が建物に浮かび上がる。




図3 コンクリートの無機質な空間に様々な人体を映し出す「影」
空中に浮遊するような人形の影と、そこを歩行する人物の影が重なる。



 材料や光源の制限から屋外で実験することが難しいグループは、はじめに縮尺模型を用いて検討した。図4は、布を用いたトンネルの影のつき方を模型でシミュレーションしたものである。現場での実験を行ったところ、模型で見るのとでは異なり、再度効果的な見せ方について検討しなおした。





図4 並木の通路を布で覆う「透け感」
縮尺模型による検討(上)と現場での実験(下)。現場では模型と違って風や樹木の影響があり、光の透過の仕方や影の出方が異なった。光源との距離や帯の太さを変えたり、木の葉の影を効果的に見せるなどのスタディをしたりして、布の透過性や光源の配置を検討しなおした。



 表現したい光をつくることの苦労については「実験→失敗→実験→失敗の繰り返しで、ノイローゼになるかと思った。」と漏らしており、照明によって演出することの簡単さと奥の深さについて「光は、物体への当て方や影の作り方によって色々な形に容易に変化することができる。その加工の容易さによって、発想力と柔軟性、現場での調整能力が問われることを認識した。」と、理解を深めたようである。



光と人との関係を考える


 私の専門は環境心理学であることから、学生たちにも光が人に与える影響について考察して欲しいと思った。そこで、つくり上げた作品が、いかに見えるかということだけでなく、光が人にどのような行動を促したり感じさせたりするかについて、イベントを通して観察し、考えてもらうようにした。その結果、「赤やオレンジなどの暖色系の光は、暗い中で人を集めやすいが、寒色系の光は、人を集めにくい。」という光色の効果について、「光を見る高さや近さによって見え方や感じ方が違うことを発見した。地べたに座って眺めたとき、光のやわらかさを感じ、こんなにも人の心を和ませるものかと思った。」という光を見る高さについて、また「暗い通路や木と木の間の一角に光を配置することにより、明るいところと暗いところが区別されて、遠くからでも人を引き寄せる。」という光の配置と誘引効果についてなど、実に様々な角度から心理的効果を分析するのであった。

 さらに、夜のキャンパスは「こうあって欲しい」という理想的な夜の学内のイメージに対して、光でできることについても考えてもらった。その結果、既存の屋外灯について「広場をまんべんなく照明するだけでは立ち話しようとは思わない。何箇所かに柔らかな光があることで穏やかな会話が生まれる。」という指摘や提案が多く得られた。また、オープンカフェに配した卵形の光(図5)を発展させることによって「恋人は2人だけの世界を思い切り楽しめる。かといって下品にもならず、アカデミックな雰囲気も維持されてよい。女の子はこういった場にあこがれやすいので、女子学生の入学者の増加につながり、ついには昼のキャンパスまでもがはなやかな場になるだろう。」という大学のイメージアップまで心配してくれるものまであった。普段こういう問いには、ありきたりの意見しかでてきにくく、オリジナリティある考えを引っ張り出すことはなかなか難しい。しかし、自分たちの作品を題材にすることで、光と人との関係についても、より深く楽しく考察できたのではないかと思われる。




照明計算を身につける
 せっかくエネルギーを注ぐのだから、光や照明に関わる知識や理論も、できるだけこのキャンパスイルミネーションと関連させて学習するようにさせた。ランプの種類や特徴、配線の仕方、色温度や演色性、照明器具や照明方法をイルミネーションへの活用と絡めて説明したばかりでなく、照度や輝度の計算についても関係づけた。基礎的な計算方法と例題の解き方について説明したあと、自分たちでデザインした作品を事例として、照明計算のおさらいを行う。図5と図6は、これまで出題した演習問題の例である。光の挙動については単純化して計算しやすいようにしている。こうすることで、測光量についてもより身近なものとして把握しやすいであろう。

 

図5 テーブルを包む「egg coat」を題材にした照明計算
図のようなテーブルを囲む卵形の覆いがあるとする。中にいる人たちは会話を楽しみ、その影は膜に投影される。覆いのほぼ中央に100Wの白熱ランプが配置されており、ほぼ全体を均等に照明している。
(1)覆いを球面(半径2m)と仮定した場合、膜に照射される平均照度を求めよ。ただし、白熱ランプの効率は10lm/Wとする。
(2)膜の光の透過率を30%とする。この膜を外部から見たときの平均輝度が10cd/u以上にするには、何ワット以上の白熱ランプを使わなければならないか。膜を出た光は均等に拡散するものとする。


 

図6 樹木の足元に咲いた「hana」を題材にした照明計算
図のような円柱の中心に白熱ランプがあり、覆いの穴から漏れた光が地面に花形の像を投影している。このとき、覆い上の点Aと地面の点Bを外部から見たときの輝度を求めよ。ただし直射光だけを考えること。覆いを透過した光と地面の反射光は均等拡散する。





すべての大学でキャンパスイルミネーションを

 ここで述べた事例や感想は、イベントを通して効果があったことを取り上げた。しかし、実際には失敗も多く、最終的な作品の完成度も低いままのものもあった。必ずしもすべてがうまくいくわけではない原因の一つには、これが建築学科の2年生必修の課題で、120名を越える学生全員が参加するということがある。学生の意気込みには温度差もあり、取り組む段階では光をデザインすることに関心を持っていない学生もいるのである。ただし私は、この必修ということこそが価値あることだと思っている。照明や設備の分野を目指す者だけではなく、設計を含めた様々な建築の分野に進む学生全員が、光のデザインを協同で行う。そのことが、これからの建築空間、都市空間の光のデザインの底上げにつながるのではないだろうか。照明デザイナーの努力だけでは、世の中全体の光の質を向上させるには限界がある。建築を学ぶ者全員に、実スケールで光のデザインを行わせ、それを軸にした照明教育を施すこと、それは教育的にも最も効果的で、かつ将来の豊かな光環境の実現へも近道であると思う。

 一方、イベントとしてのキャンパスイルミネーションは今後どうあるべきか。まず、作品としては多少荒削りなところはあっても、他のどこにもない、オリジナリティのある光のデザインを創造していきたいと思う。また、一つ一つの作品が独立しすぎるのではなく、全体をコーディネートするとともに、互いの作品がより魅力的に引き出されるようにしていきたい。そして、このイベントをより地域に密着したものとして発展させたいとも考えている。光を鑑賞する場としてだけでなく、それをきっかけとして大学と地域がコミュニケーションをとれる場として存在できるものにしたい。