夜空の光と人工の青空


小林 茂雄

照明学会誌、Vol.90、No.10、pp.785-788、2006 掲載



1. 澄んだ夜空

 砂漠の中にある都市ラスヴェガスは、雨はほとんど降らず、雲一つない晴天が続く(図1)。年間平均湿度は約20%と乾燥しており、1年のうち300日以上は晴れている。標高が高く、大気中に水蒸気や塵が少ないため、昼間の青空が鮮やかなだけでなく、日没後の夜空も澄んでいる。ネオンなどの光が地上から大量に発せられても、真っ暗な空に吸い込まれていくのである。光輝く街の上空に星空が広かっているという光景は、なんとも不思議な組み合わせだ。ラスヴェガスをさらに1時間でも車で離れ、ハイウェイから少し外れた砂漠の中に立つと、一面が全くの闇に包み込まれるようになる。人工的なものが何もない静寂の中で、上空にはきらめく星たちが異常なほど高密度で浮かび上がる。多湿な日本ではあまり見ることのできない夜空であろう。大都市のこれほど近傍で、満天の星空を体験できる場所は、地球上でもそうないのではないだろうか。ピンと張りつめた鮮やかな星たちは、この世のものとは思えないほどの美しさで、つくりもののような印象さえしてしまう。そういった感覚は、ラスヴェガスに溢れる人工的なアトラクションに慣れすぎたことの副作用であるかもしれない。



図1 ラスヴェガスの濃い青空
海抜664mの砂漠の中にあるため、空気は薄く、乾燥している。6月から8月は最高気温が連日40℃を越す。


 カリフォルニアから週末に意気揚々とやってくる人々が、フリーウェイを北上し、暗黒のモハヴェ砂漠を数時間かけて突っ切った時、闇の中に最初に現れるのは、空に突き刺さる一本の光線だ。それは世界最大の娯楽都市が目前に迫っていることを示す記号でもあり、その直後に繰り広げられる街の光の洪水を象徴している。この光は、Luxorホテルのピラミッド形の建物頂点から放たれるサーチライトである(図2)。7000ワットのキセノンランプ39個を集めた光線は、世界で最も明るい人工光であるといわれ、440km離れたロサンゼルスの上空からも視認できる。当然、ラスヴェガスの街のどこにいてもこの光は目立つ存在である。観光客には一定の宣伝効果を持つこの光も、住民にとっては普段はあってもなくてもいいようなものだ。しかし、夜に不慣れな地区を訪れたときや道に迷ったときには意外と役に立つ。空の光線を探すことで、簡単に方角が確かめられるのである。



図2 夜空に放たれるサーチライト
左:Luxorホテル正面からミラミッドを見上げる。スフィンクスのお腹部分が車止め。
右:遠方からも目立つ光線。空気が澄んでいる分、効果はやや下がっている。





2. 緑色の空

 晴天の日の暗い夜空とは異なり、曇りの日は夜になっても空は明るい。カジノから放たれる光が雲に届き、下面で散乱するからである。赤みがかった白色の雲は、内部から発光しているかのように明るく、またずいぶんと低く垂れ込んでいるように見える。ある珍しい強い雨の夜、家の窓から外の風景を眺めると、空が緑色に輝いているのが見えた(図3)。鮮やかな緑は初めて見る空の色であり、「なんて大胆な演出を始めたのだろう」と感心していた。しかししばらくして、その方角には緑色の巨大ホテルがあることに気づいた。客室数が世界No.2のMGM Grandホテルは、周辺に大型投光器が100基以上設置されており、エメラルドグリーンのカーテンウォールを照射している。ライトアップされた光の大半は鏡面反射し、ホテル上空へと放たれる。それによって、ここでしか見ることのできない、雲りの日限定の緑の空が出現するのである。



図3 緑色の夜空
左:自宅から見た緑の空。ここまで鮮やかな色はまれにしか生じない。
中:MGM Grand ホテルのライトアップ。密な投光器が巨大な建物を取り囲んでいる。
右:新年を祝う花火の煙が緑色に染まる。普段は意識されない空に漏れる光が、煙によって視覚化される。



 省エネルギーや建築のサステイナビリティの重要性が叫ばれる現在、ラスヴェガスだけはそうした取り組みとは無縁のようにみえる。建物は短いサイクルでスクラップアンドビルドされ、大空間は24時間一定の温度で空調され、街の光は日没から日の出まで空に漏れ続ける。この街のそうした浪費に対しては、真正面から批判されることは少ない。日常から解き放たれた人々を迎える非日常的な街に、一般常識を適用するのは少々堅苦しいのだろう。しかし近年、さすがに過剰な照明は、周辺の国立公園での天文観測に対して光害を起こしていることが指摘されるようになった。街を外れた環境への影響は、さすがに無視することにはいかなくなりつつある。



3. 人工の青空

 1990年代に入って次々に建築された大型ショッピングモールやカジノには、空を模した大規模な天井を設けているところが多い。そのほとんどは、ヨーロッパなどの古い街並みを模した街路と組み合わさっている。ショッピングモールでは、Forum Shops(1992年)が中世のローマの街をモデルとしており、Venetianホテル(1998年)はベネチアの街を、Desert Passage(2000年)は中近東の街をモデルとしている(図4)。曇った天井から雨を実際に降らせる演出を行うところもある。カジノでは、Parisホテル(1999年)がパリの街と青空を再現し、Sunset Stationホテル(1997年)は名前の通り夕焼け空を24時間つくっている(図5)。見せるところは徹底的につくり込むのがラスヴェガス流であり、何れも表面の意匠は非常に精巧にできている。天井の青空や雲の絵も、印刷されたものではなく、専門の業者によって一つ一つ手作業で精巧に描かれている。ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画の制作と同じように、足場を組んだ上で、灼熱の中、長時間に渡って作業が行われるのだ。流動的な雲の形はこだわりを持ってデザインされ、ハイライトや影も微妙に色を配合しながら入念に付けられている。



図4 ショッピングモールの人工の青空
左:11200uの青空ペイントを持つForum Shops 。ここでの商業的な成功が、ラスヴェガスに類似のデザインを広めたといわれる。
中:9750uの青空を持つVenetianホテル。カジノの上の2階レベルに、運河と広場を囲むようにショップが配置されている。
右:中近東の街並みをモデルとしているDesert Passage。30分毎に人工の雨を降らせるエリアがある。





図5 カジノなどの人工空
左2つ:パリの青空を再現したParisホテル。明るい天井は、ラスヴェガスのカジノで画期的であった。しかし、「落ち着かない」という声も多く、評価は割れている。
中:10960uの夕焼け空を持つSunset Stationホテル。
右:ラスヴェガス名物のドライブスルー型結婚式場。U字型のアプローチ部分に星空が連なる。



 ラスヴェガスで初めて人工空を導入したForum Shopsは、単位面積あたりの売り上げが全米一の商業施設であり、東京お台場のショッピングモールVenus Fort(1999年)のモデルともなった。11200平米に渡って青空が描かれた天井は、1000ワットのハロゲンランプ650個によって照らし出されている。クリア、薄いブルー、濃いブルー、オレンジの4つのフィルタによる光色の制御で、光の強さと色が時間的にコントロールされており、1時間の周期で、青空、夕空、夜空と、徐々に変わっていく。当初は青空の中の雲もゆっくりと動かすことが計画されていたが、実現には至っていない。図6は、モールの通路の床面照度を時系列で示したものである。照度の変化は青空と夜空で約20ルクスとほんの小さな差であるものの、視覚的には大きな変化に感じられる。



図6 Forum Shopsでの床面照度の変化
約1時間のサイクルで、青空→夕空→夜空と1日の空の状態が再現される。真っ暗な夜空でも、両側の店舗の光により、10ルクス以下となるところは少ない。



 昼から夜までゆるやかに変わりゆく空を利用して、日本人とアメリカ人の比較文化的な研究ができないかと考えた。そして、明るさの違いによる利用者の行動を調査することとした。図7に、Forum Shops内のオープンカフェで食事をする人々の視線を観察した結果と、東京の屋外のオープンカフェで、昼夜の行動を観察した結果を示している(1)。両者を比較すると、女性同士の利用者は、日米共に、空が暗い方がより長く視線を合わせている。異なっていたのは男性同士である。東京では夜よりも昼の方が視線をより長く合わせていたが、ラスヴェガスでは暗い空の方が視線をよく合わせている。この調査結果を現地の大学で報告したところ、「暗い場所でより相手を見ようとするのは当たり前で、東京のデータが示す意味が分からない」という反応が多かった。もちろん私は東京側の人間であり、暗いカフェで男性の友人をじっと見続けることに気恥ずかしさを感じる。光による人の反応の文化的な違いは、この他にも色々とありそうだった。そこで、カジノの中での歩行スピードや視線向きなど、様々な行動観察を思いつくままに行った。それらの研究結果は、何れどこかに報告したいと思っている。



図7 青空と夜空での視線の合わせ方(1)
ラスヴェガスではForum Shops内のBertolini's(左写真)で調査を行い、東京では新宿アイランドビルのオープンテラスで調査を行った。東京の調査は昼と夜の比較である。横軸の数値が大きいほど、お互いが視線を長く合わせていることを示す。




4. 光の都市ラスヴェガス

 ラスヴェガスは光の街である。夜に人は繰り出し、無数のショーやドラマが休むことなく濃密に展開され、輝かしい光を夜空に放つ。一つ一つの光は個性的で、丹念にデザインされている。屋内にも屋外にも、本物ではないフェイクなものたちで溢れているが、その安っぽい虚像は、与えられた光によって魂が込められる。例えば、エッフェル塔やリアルト橋や鐘楼は、もちろん陳腐なコピーであるが、フランスやイタリアの実物よりもはるかに繊細で美しく照明されているのだ(図8)。そうした圧倒的な力を持つ光の風景は、成長と衰退を繰り返し続ける街の動きに応じて、常に変化している。この街の光は、一瞬で消える花火のように、はかなさを背負っているようにみえる。私が滞在した一年間も、生きている街のほんのわずかな過程を垣間見たのに過ぎない。

 東京に戻った生活の中で、突然、ラスヴェガスの風景が思い出されることがある。それは決まって、雲一つない澄んだ青空を見上げたときだ。毎日見ていた濃い青空と乾いた風景が、つい昨日のことのように蘇る。あの空は、今でもこれからも、変わらずあそこにあり続けるだろう。しかし残念ながら、ラスヴェガスを想起させるような夜の光は、東京のどこに行っても見ることはできない。



図8 実物より美しく照明されたコピー建築
左:1/2スケールのエッフェル塔。ラスヴェガスの中心に位置し、展望台からは迫力ある夜景が見下ろせる。
右:Venetianホテルのリアルト橋と鐘楼。本家とは比較にならない程、繊細な光が施されている。



参考文献
(1)小林茂雄、吉崎圭介:昼夜のオープンテラスでとられる会話行動の属性別特徴 夏期の新宿アイランドパティオを対象にしたケーススタディ、日本建築学会環境系論文集、No.571、pp.69-74、2003.9