人を魅了するカジノの光


小林 茂雄

照明学会誌、Vol.90、No.9、pp.715-718、2006 掲載



1. 人を誘い込む光


 McCarran国際空港に到着してターミナルビルに入ると、はじめに出迎えるのはスロットマシンの行列である。マシンの間を通りながら、飛行機を待つ人々が最後の運に賭けている様を眺めていると、ラスヴェガスに戻ってきたことを実感する。この街では日常的な風景の中にカジノがある。ホテルにはどんなに小さく古くてもカジノが併設されており、スーパーマーケットにはレジを抜けたところに数台のカジノマシンがあり、レストランやガソリンスタンドにも置いてある。セブンイレブンでは普通なら雑誌が置かれている窓際の特等席に、ビデオポーカーやスロットマシンが並んでいる。ストリップ通り沿いの巨大ホテルでは、鎮座の仕方はもっと徹底している。大通りから歩行者用のエントランスを抜けたところにあるのはまずカジノ場で、ホテルのフロントはそこをずっと通っていった奥に位置する。1階フロアの中央部をカジノが占めていて、レストラン、劇場、コンベンションセンターなど他の集客施設は、全て低層階の周辺に配置されている。各施設を行き来する際には、必ずカジノを通らねばならない。それを無理のないぎりぎりの線でやっているようにみえる。ラスヴェガスで私たちは、強引にカジノに連れ込まれているようには感じない。ただ、カジノと出会う機会がとてつもなく頻繁になるよう仕組まれているのだ。

 カジノで光の果たす役割の一つは、カジノを通過しようとする人々に興味を持たせ、テーブルやマシンに着いてもらうことである。カジノを歩いていると、天井のあちこちに細やかに輝く光が配置されているのが分かる(図1)。カードゲームのテーブルの天井にはたいてい大型で豪勢なシャンデリアが吊り下がっており、離れた場所からもよく目が留まる。豪華でない天井も、無意味にキラキラしていたりする。そういう光に誘われてしまうのは人間の習性なのだろうか。



図1 天井に貼りついたキラキラした光


 スロットマシンなどの機械の上には色鮮やかで独特な形態のオブジェが連なる(図2)。それらは、歩く人の目線高さに集中している。マシンの宣伝をするだけではなく、装飾と遊び心を兼ね備えたものが多い。一つ一つは認知しやすくデザインされているものの、大きすぎず、また明るすぎはしない。サインだけを目立たせようとするのではなく、その下のテーブルやマシンへと視線を誘導しようとしているのだ。こうしたサインは、視覚的な障壁の役割もしている。空間を広々とは見せず、小さく分割しようとする。それは結果的に、方向感覚を惑わせ、フロアがどこまででも続いているようにも感じさせることになる。



図2 マシンの上に立つ魅力的なサイン




2. くつろぐための光

 カジノにおける光のもう一つの重要な役割に、ゲームを始めたプレイヤーにできるだけ長く楽しんでもらうことがある。スポットライトで照らされたテーブルに、カードゲームをしようと一旦座ると、不思議とまぶしさを感じなくなる。テーブルやディーラーの顔は明るく照明されているものの、プレイヤーの顔には強い光が差してこない。視線が下向きになるからか、天井のキラキラした光もあまり目に入らなくなる。テーブルの周辺は暗く、周りとは少し隔離されたように感じる。目を疲れさせず、他に気を逸らさず、長時間くつろげるための環境がつくられている(図3)。
ビデオポーカーやスロットマシンなどに座ったときも、目の前には画面だけが現れる。機械は人の身長ほどあるため、上部の派手なサインはあまり見えない。周りの音もなぜか気にならなくなる。また、画面周辺は比較的暗く、シンプルな光があしらわれていることが多い。



図3 落ち着きのあるテーブル周辺の光
数箇所の大手カジノの光環境を調査したところ、テーブル面照度は160-290(lx)、座面の照度は90-180(lx)、プレイヤーの顔面照度は18-34(lx)、テーブル周辺の歩行エリアの照度(テーブル高さ)は19-29(lx)であった。


 カジノのサインやマシンを観察していると、あるとき、何故か野暮ったく、古めかしいデザインが多いことに気づいた(図4)。例えばラスヴェガスで長年公演を続けてきたプレスリーがあしらわれたマシンが多いだけではなく、マリリンモンローやエリザベステーラーなど、モチーフとされる芸能人は数十年前のものばかりだ。しかし、それらの機械は必ずしも古くはなく、技術的には最新のものが導入されているようにみえる。その理由をゲーミングメーカーに尋ねたところ、「ヴェガスの重要なターゲットは高齢者だ」という回答だった。同じタイプのマシンで長年遊び続ける人が多いことや、多機能のマシンが好まれるわけではないため、意図的に古めかしいデザインにすることがあるそうだ。リタイアした人々が数多く移住してくるラスヴェガスにおいて、カジノは日常的な娯楽である。高齢者が、時間をゆっくりかけて、毎日のようにくつろげる場をつくることが、重要なコンセプトなのである(図5)。



図4 レトロな趣きのあるマシンのデザイン




図5 カジノを楽しむ人々




3. カジノの光とパチンコの光


 ラスヴェガスのカジノは基本的に暗く、内装も明度が低いものが用いられている。光は拡散せず、明るさの不均一さが強調される。屋外の様子や時間の経過を意識させる窓や時計は一切ない。こうしたカジノの光環境は、日本のパチンコ店とは大きく異なる。パチンコホールは基本的に均一に高照度で、大音量だ。それはお客を興奮させようとしているからだろう。それでは、両者の明白な違いは何に起因するのだろうか?光の嗜好の文化による差だろうか?日本人が白く明るい光が好きなことはよく述べられることであり、確かに欧米のホテルやレストランを暗いと感じることは多い。しかし、ラスヴェガスのカジノを暗すぎると不満を漏らしたという日本人の話は聞いたことがない。では、明るさの違いは、カジノのテーブルゲームとマシンゲームの差なのか?しかし、マシンだけの小さなカジノでもやはり同じように暗いのである。現在私は、各々のギャンブルが成立してきた背景によることが大きいのではないかと思っている。ラスヴェガスのカジノは、ヨーロッパの貴族の社交場から発展したものの延長にある。夜に、大人たちがお酒を飲みながら楽しむための場という様式が、大きくスタイルを変えながらも、引き継がれているのだろう。24時間営業しているカジノが、常に夜のような光をつくっているのは、時間帯と行為がつなぎとめられたままなのではないかと思われる。

 一方日本のパチンコは、大正時代にアメリカやヨーロッパから輸入したゲーム機に発するといわれている。縦型にアレンジしたゲーム機を、温泉や海水浴場、デパートの屋上などに設置して人気が高まった。そして、庶民が遊ぶための娯楽としてパチンコ専用のホールが生み出された。パチンコはまぎれもなく大人のための娯楽となった。しかし電子化されたその台には、今でも子供のためのゲーム機であったという面影を感じなくもない。煌々とした光は、一日中昼間のようである。そこには、青空のもとで競い合っていたという記憶を背負っているように感じる。





4. カジノ空間の魅力

 カジではとにかく人を引きつけ、飽きさせず、楽しませようとする。歌やダンス、サーカスやアクロバットなどが、カジノの真ん中で行われる(図6)。愛嬌のあるディーラーや、美しいカクテルウエイトレスも魅力の一つだ。私は滞在してから数ヶ月後に、カジノのゲーム自体はそれ程やらなくなってしまった。それでも毎日のように、どこかのカジノに足を運んでいた。それは、光やデザインの調査のためだけではない。カジノの空間に惹かれたからである。空間としてのカジノの最も大きな魅力は、勝負している姿があちこちにあることだろう。25セントをゆっくりと投げ続ける人もいれば、十数秒で決まるルーレットの玉に数千ドルかける人もいる。歓喜と落胆のドラマが、無料で誰もが自由に入れる公共空間のような場所で、年中無休・不眠不休で行われているのだ。そこには映像では捕らえられない濃密なエネルギーが立ち込めている。そして一面は夜の光だ。



図6 エネルギー溢れるカジノの風景


 私はこれに似た風景をどこかで体験していたように感じた。そして、それは遠く離れた、ダマスカスやフェズなどの、中東の石でできた古い街だということに思い至った。昼間は暑く人通りの少ない路地に、日が暮れると人々が繰り出してくる。暗い夜に、ポツポツと白熱ランプの光が灯る。細い迷路のような街路を歩いていると、所々に人が群がり、声を上げながらテレビを見たり、喧嘩をしたり、食事をしたりする姿が見え、怪しそうな人物に声をかけられる。次の角の先にはどのような風景があるのか、期待と不安を感じながら進んでいく。一日の中で最も美しく刺激的な時間帯だ。カジノのテーブルとテーブルの間を歩きながら、そのような心地よい空間に身をおいているような気持ちがした。



謝辞
この記事の一部は、ゲーミングメーカーであるMIKOHN社のRobert J. Parente副社長に取材した内容に基づいています。

参考文献
1) Bill Friedman: Designing Casinos to Dominate the Competition, Institute for the Study of Gambling and Commercial Gaming, 2000
2) Casino Design: Resorts, Hotels, and Themed Entertainment Spaces, Justin Henderson, Rockport Publishers, 2003