コミュニケーションを促すあかり

小林茂雄


「住まいと電化」(日本工業出版)2007年2月号掲載



1. あかりの心理を行動で評価する

 照明が私たちの心にどのような影響を与えるのかについては、形容詞で語られることが多い。「美しい」「あたたかい」「落ち着いた」といった言葉に、「非常に」や「やや」などの程度を組み合わせて説明される。こうした表現はもっともらしいのではあるが、感じたことがそのまま言葉に表されているかというと、実は曖昧であることが多い。テーブルの上にキャンドルライトが灯っているのを見て、「落ち着いた光だ」とか「温かみのある光」とかいうが、本当にその人がそう感じたとは限らない。「キャンドルライト」=「落ち着き」=「温かみ」という図式が既にできていて、心で感じる前に、条件反射的にそのように表現してしまっていることが多いのではないかと思われる。感じたことを言葉に置き換えるのは本来とても難しいことで、だから連想する簡単な概念に置き換えているのではないだろうか。照明による形容詞的な表現は、固定観念にとらわれやすいもので、見た人の真の心の動きを忠実に表すものではない、というのが筆者の考えである。それでは何を信頼すればよいのだろうか。それは、実際に人の行動にどのような変化が表れるか、というような客観的に観察される現象である。例えば、人と会話をするときの動作の違いなどが比較対象となる。

 人と人とのコミュニケ−ションのとり方には、人間関係や性別、体格などが関わっていることが知られているが、その場の環境的な条件も少なからず作用している。特に周りや人物の見え方を左右する空間の光環境は大きな影響を持っている。例えば、暗い照明のバーやレストランは恋人同士には利用されることが多いが、男性同士にはあまり利用されないのは、光環境による対人行動のふさわしさの表れの一つであると思われる。また、全体的に低照度の中で局部的に照明される「明かりだまり」がある場合、互いが近づいて会話しやすいなどといわれている。しかし、空間の照明の仕方によって、実際にどの程度コミュニケーションのとり方が変わるのかといったことは、データとしてほとんど示されていない。筆者は様々な環境での会話者の行動を観察し、行動を尺度化することによってデータを蓄積している。そして光の促すコミュニケーションの効果を明らかにしようとしている。

 ここでは、室内の照度とBGMの音量が会話者の行動に与える影響を調べることを目的として、日常的に営業しているカフェを用いて実験的に検討した研究結果1)を事例として取り上げ、光とコミュニケーションとの関わりについて述べたい。




2. カフェでの実験の概要

 実験場所としたのは、高円寺駅近くにあるカフェ「cafe apartment」である(図1、図2)。建物2階の約30uの小規模なカフェで、履物を脱いで入室し、床上の座布団に直接座るという形式である。客層は20代の若者が最も多く、男性客よりも女性客の方が若干多い。カフェのレイアウトは、座布団とローテーブルのセット3組であり、利用者同士は対面する形としなっている。室内照明は、中央部の3箇所のシーリングライトと窓際の3箇所のペンダントライトであり、調光器によって明るさを操作できる。


図1 cafe apartment 平面図



図2 実験風景



 実験時の照明は、机上面の平均照度が90[lx]と明るいパターンと、5.0[lx] と暗いパターンの2種類とした。90[lx]は、cafe apartment で実際に営業しているときの照明状態である。5.0[lx]は、室内全体の様子が見える程度の明るさで、カフェの中ではかなり暗い部類に入る。店内に流すBGMは、このカフェで日常的に用いられているジャズのアルバムであり、45[dB]の小音量と75[dB]の大音量の2パターンとした。これらの照度と音量を組み合わせた計4条件で実験を行った。

 実験はカフェを4日間借り切って実施した。同性の友人3組6名に座席についてもらい、4つの条件を20分間ずつ体験してもらう。その間、コーヒーや紅茶などを、注文に応じて提供した。各々の実験パターンに設定している20分間は、在室者の会話行動を、実験者の目視・聴覚と2台のビデオカメラによって記録した。観察における主な着眼点は、「友人同士が視線をどれだけ合わせるか」「どれだけの時間2人は会話を続けているか(会話量)」「会話するときの声の大きさ(会話音量)」「座っているときの姿勢」の4項目である。被験者には実験内容を意識させないようにするため、会話行動を観察することは全ての実験が終了するまで明らかにしなかった。協力してもらった被験者は、20代の大学生と社会人で、男女各12組の計24組48名である。





3. 会話行動の変わり方

 被験者の、「視線」「会話量」「会話音量」「姿勢」を、表1と図3のように各3段階に分類した。得られた結果を図4に示している。

表1 会話行動の分類基準




図3 姿勢の分類



(1)視線の合わせ方



図4 視線の合わせ方

 図4から、どのパターンでも、男性より女性の方がよく視線を合わせていることが分かる。全体的に、男性は会話するときのみ相手の顔を見る傾向にあるが、女性は会話するとき以外も顔を合わせる傾向にあった。これらは筆者らの既往研究2)3)とも一致する傾向である。

 男性は、照明が暗い方が視線をやや合わせるものの、明るさによる大きな違いはない。BGMは、音量が大きいときに、より視線を合わせる。暗くて静かな環境で視線を最も合わせず、暗くてうるさい環境で視線を最も合わせるのである。なぜ暗くて静かな場合に互いの顔を見ないのかということについて、追跡インタビューを行なったところ、そういう場面では気恥ずかしさを感じやすいということが分かった。

 一方、女性は、BGMの音量による影響は小さいが、照明が暗いときにより視線をよく合わせている(図5)。暗いほど、より相手を見ようとするのである。そのこと自体はごく当たり前な行動であるが、静かで暗くても恥ずかしさを感じないというのが、男性との違いであるといえる。



図5 性別による視線の合わせ方の違い


(2)会話量



図6 会話量

 図6から、会話量も、男女で違いがみられている。男性は、暗いときとBGMの音量が大きいのときに、会話量が多くなっている。その理由は、相手の顔があまり見えなくて、少しうるさい方が、リラックスして話しやすいというものだった。

 一方、女性の場合は、BGMの音量が小さいときに、会話量が多くなっている。静かな方が話しやすいという、ごく自然な結果である。

(3)声の大きさ



図7 声の大きさ

 図7より、声の大きさ(会話音量)は、男女とも、BGMの音量が大きい方が、大きくなる傾向がみられた。BGMの音量が大きくなると、会話が聞き取りにくくなるため、声を大きくするのだと考えられる。またBGMの音量が大きいときに、男性は明るい方が、女性は暗い方がやや声を大きくする、という違いがみられた。

(4)姿勢



図8 姿勢のとり方
 男性は明るいときに体を前傾にし、暗いときに後傾にするという傾向にあった(図9)。一方、女性は暗いときに体を前傾にし、明るいときに後傾にするという傾向があった。暗いときに相手をよく見ようと、前傾にして顔を近づけるのは、ごく自然な行為のような気がするが、ここでも男性はそれと反対の行動をとっているのである。



図9 性別による姿勢のとり方の違い




4. 男女の個人差

 実験の結果、室内の明るさとBGM音量の影響には性別による差異が認められることが示された。これはこの実験の結果だけに表れたのではなく、場所や条件を変えてみても共通して示されることが多い。男性の友人同士は、暗くて静かなときは、声は小さく、相手と視線は合わせず、姿勢も後傾になる。会話が最もはずむのは、明るくて騒がしいときだった。一方、女性の友人同士は、暗いときに互いに視線をよく合わせ、前傾姿勢になる。図10は、これらの男女の違いを模式的に示したものである。もちろん実際の環境ではこんなに単純化できるわけではなく、当然個人差もある。



図10 行動のとり方の模式図


 別の機会に、恋愛関係にあるカップルを被験者として行動観察をしたこともある2)3)。それは明るさだけを条件として変えたものであるが、カップルは女性同士の会話の仕方と類似しており、暗いときの方が、より視線を合わせて前傾姿勢をとるということが分かった。





5. 対人関係をよくするあかりづくり

 会話者同士が、視線を合わせたり前傾の姿勢をとったりするのは、無意識的な反応であることが多い。そのこと自体が直接対人関係のよさを表すというわけではないが、会話時の2者間の物理的な距離が縮まることは事実である。その距離の近さが、親密なコミュニケーションが生まれやすい状況をつくるのである。それが、意識しないでもつくられるというところに大きな意味がある。

 こうした観察あるいは実験を繰り返してデータを蓄積していくと、今までの明視性の指標や、SD法など雰囲気を表す形容詞によって評価されてきた光環境が、「対人行動を促す」という新しい軸によって評価されることが可能となる。その評価は、客観的な観察データに基づいている。広い年代を対象とした観察を行なうことで、対人関係や対人意識、性別など、特定の属性に合った光環境のデザインへと繋げていくこともできる。例えば、初対面の人たちがコミュニケーションをとりやすい環境というのは、友人同士の場合とは異なるかもしれない。おそらく最適な照度の幅は狭いのではないかと思われる。そうした会話がはずみにくいような関係にある人々を、互いに距離を縮めさせるということも、光環境の大きな役割として認識されるだろう。また、カップルや夫婦が寄り添うことに特化した光というのも、つくりやすくなるのではないだろうか(図11)。



図11 寄り添うためのあかり
対人関係に合致した光は、無意識に2人の距離を狭める。
光は磁石のような働きをするのである。



 空間の大きさや色、机の配置などは一度設定してしまうと変更がなかなか難しい。光のデザインのよさは、スイッチひとつである環境から別の環境にがらっと変えられることである。光の可変性や調節可能な特性を利用し、状況に合わせた光のデザインをすることもできるだろう。その際には、光があまり目立つことなく、無理のないデザインをすることが重要である。ここで「無理のない」というのは、光を意識しないで自然とコミュニケーションが促される「無意識的なこと」が重要だということと、光による影響は性別や個人差が大きいことに注意しなければいけないということである。ある人にとっては非常によい光環境でも、別の人にとっては煩わしいことがある。そうならずに、あくまでも控えめに作用する「無理のない」光のデザインが求められる。





参考文献
1)小林茂雄、小口尚子:カフェでの会話行動に及ぼす照度とBGM音量の影響、日本建築学会環境系論文集、No.605、pp.119-125、2006.7
2)小林茂雄:室内不均一照明下でとられる会話行動の属性別特徴 カフェを想定した室内での会話者の行動と意識に関する検討、日本建築学会環境系論文集、No.574、pp.15-20、2003.12
3)小林茂雄、吉崎圭介:昼夜のオープンテラスでとられる会話行動の属性別特徴 夏期の新宿アイランドパティオを対象にしたケーススタディ、日本建築学会環境系論文集、No.571、pp.69-74、2003.9